観光をフックにした地域内連携の進め方:多様な事業者・住民を巻き込むための戦略と実践事例
地域内連携が観光を通じた地域ブランド構築に不可欠な理由
観光をフックにした地域ブランド戦略を推進する上で、地域内の多様な主体との連携は避けて通れない要素です。単に特定の観光資源を磨くだけではなく、宿泊施設、飲食店、体験施設、交通事業者、農産物販売者、そして地域住民といった様々なプレイヤーが協力し、一体となって訪問者に質の高い体験を提供することで、地域全体の魅力を高め、唯一無二の地域ブランドを確立することが可能になります。
しかしながら、異なる立場や利害を持つ主体間での連携は容易ではありません。意見の対立、コミュニケーション不足、役割分担の不明確さなどが障壁となり、取り組みが進まないケースも少なくありません。本稿では、観光を通じた地域内連携を効果的に進めるための戦略と、実際に多様な主体を巻き込み成功している事例について掘り下げていきます。
地域内連携を促進するための基本的な考え方
地域内連携を成功させるためには、まず共通の基盤となる考え方を醸成することが重要です。
1. 共通ビジョンの共有と合意形成
連携の第一歩は、地域が目指す観光の姿や地域ブランドの方向性について、関係者間で共通のビジョンを持つことです。行政主導で一方的に進めるのではなく、ワークショップや説明会などを通じて、多様な主体の意見を丁寧に吸い上げ、地域全体で目指す方向性について合意を形成するプロセスが不可欠です。このビジョンが明確であればあるほど、各主体の協力の意義が明確になり、主体的な参加を促す力となります。
2. 関係性構築と信頼醸成
連携は、突き詰めれば人と人との関係性の上に成り立ちます。定期的な情報交換会や懇親会、合同での研修などを通じて、関係者間の顔の見える関係を築き、相互理解を深めることが重要です。信頼がなければ、何か問題が発生した際に協力して乗り越えることが難しくなります。短期的な成果だけでなく、中長期的な視点で信頼関係を構築する努力が求められます。
3. 各主体のメリットの明確化と共有
地域内連携は、参加する各主体にとって何かしらのメリットがなければ持続しません。「地域全体のため」という大義名分も重要ですが、自身の事業にとって具体的にどのような利益があるのかが明確でなければ、積極的な関与は望めません。共同でのプロモーションによる集客力向上、新たな商品・サービス開発による収益機会増加、仕入れコスト削減、人材育成機会の提供など、具体的なメリットを提示し、それが実現可能であることを示すことが、巻き込みの鍵となります。
4. 柔軟な役割分担と貢献機会の提供
全ての主体が同じ形で貢献できるわけではありません。それぞれの強みやリソースに応じて、柔軟な役割分担を設定することが重要です。大規模な事業者は資金面での協力、小規模事業者はユニークな体験プログラムの提供、住民はガイドや受け入れ側のホスト役など、多様な貢献の形を認め、それぞれの主体が「自分たちも地域ブランド構築に貢献できている」と感じられる機会を提供します。
多様な主体を巻き込むための具体的な手法
共通認識と信頼関係の醸成を土台として、具体的な連携促進のための手法を導入します。
1. 地域連携プラットフォームの構築・活用
情報共有、意見交換、共同事業の企画・実施を円滑に行うためのプラットフォームを構築します。オンラインのコミュニティサイトやメーリングリスト、オフラインでの定例会議や協議会などが考えられます。重要なのは、誰もが参加しやすく、情報にアクセスしやすい環境を整備することです。
2. 共同プロモーション・販売促進活動
複数の事業者が連携し、共通のコンセプトに基づいた観光商品を開発したり、合同でメディア露出やキャンペーンを実施したりすることで、単独ではリーチできない層へのアプローチや、より魅力的な訴求が可能になります。例えば、地域の食と体験を組み合わせた周遊パスの発行や、地域内宿泊施設と連携した体験プログラムの割引提供などが考えられます。
3. 人材育成とスキルアップ支援
地域ブランドの核となるのは「人」です。観光に携わる様々な主体が、質の高いサービスを提供できるよう、合同での研修やスキルアッププログラムを実施します。地域のおもてなし基準を共有したり、多言語対応能力を向上させたりすることで、地域全体の観光品質を引き上げます。
4. 共同での商品・サービス開発
異なる業種の事業者が連携し、新たな観光商品やサービスを共同で開発します。例えば、地元の農産物を使った体験プログラムと食事、宿泊をセットにしたツアー企画や、地域の歴史・文化をテーマにした着地型観光商品の開発などがあります。これにより、地域ならではの付加価値の高い体験を提供できます。
実践事例に学ぶ:地域内連携成功のヒント
地域内連携を成功させた事例は国内外に数多く存在します。ここでは、具体的な取り組みとその成果から学びを得ます。
事例1:地域資源を活用した体験プログラム開発と共同販売
ある地域では、豊かな自然環境と伝統文化を活かし、複数の事業者が連携して様々な体験プログラムを開発しました。農家による収穫体験、漁師による漁業体験、職人による伝統工芸体験、地域住民による郷土料理教室など、多岐にわたるプログラムを提供。これらのプログラムを地域観光協会が一元的に予約管理・販売する仕組みを構築しました。
- 連携主体: 農家、漁師、職人、地域住民、観光協会、宿泊施設
- 具体的な取り組み: 体験プログラムの共同企画・開発、予約システムの一元化、多言語対応可能なガイド育成、宿泊施設との連携による体験セットプラン販売
- 成果: 地域の多様な魅力の発信力向上、新たな観光コンテンツの創出、地域内の収益増加、地域住民の観光への関与度向上、リピーター増加
- 学び: 個別の事業者が持つ小さな魅力も、連携によってパッケージ化し、アクセスしやすくすることで大きな価値を生む。観光協会がハブとなり、予約・販売の仕組みを整えることが重要。
事例2:地域共通ポイントシステムと連携プロモーション
別の地域では、地域内の飲食店、土産物店、観光施設、宿泊施設などが参加する共通ポイントシステムを導入しました。観光客が地域内で消費するとポイントが貯まり、貯まったポイントは地域内の他の参加店舗で利用できるという仕組みです。また、このシステム参加店舗が共同で地域情報誌を発行したり、SNSでの情報発信を行ったりしました。
- 連携主体: 飲食店、土産物店、観光施設、宿泊施設、商店街組合、行政
- 具体的な取り組み: 地域共通ポイントシステムの開発・導入、参加店舗の拡大、ポイントシステムを活用したキャンペーン実施、共同での情報発信(情報誌、SNS)
- 成果: 地域内での消費循環促進、参加店舗間の送客効果、地域全体でのプロモーション効率向上、観光客の周遊促進、地域住民の地域経済への意識向上
- 学び: 経済的なインセンティブ(ポイント)は、多様な事業者を巻き込む有効な手段となり得る。システムの導入だけでなく、それを活用した共同プロモーションが相乗効果を生む。
これらの事例からわかるのは、連携の形は様々であり、地域の特性や目指す方向性に応じて最適な方法を選択する必要があるということです。重要なのは、全ての関係者にとってメリットがあり、かつ継続的に関与できる仕組みを構築することです。
結論:持続可能な地域ブランド構築のための継続的な連携努力
観光をフックにした地域ブランド戦略において、地域内連携は単なる手段ではなく、地域そのものが持つ多様な魅力を引き出し、質の高い観光体験を継続的に提供するための基盤となります。多様な事業者や住民を巻き込むプロセスは、時に困難を伴いますが、共通ビジョンの共有、信頼関係の構築、各主体のメリットの明確化、そして柔軟な役割分担といった基本的な考え方を大切に進めることで、その可能性は大きく広がります。
ご紹介した事例のように、具体的な連携手法を導入し、地域の実情に合わせた取り組みを粘り強く続けることが、持続可能な地域ブランドを構築するための鍵となります。地域の観光担当者としては、ファシリテーターとしての役割を担い、関係者間の対話を促進し、より良い連携の形を常に模索していく姿勢が求められます。地域全体の力を結集することで、個々では成し遂げられない、唯一無二の魅力を持った地域ブランドを育て上げることができるはずです。